デジタル化は何のため?生産性の向上だけにこだわるとプロジェクトが失敗するケースが多い本当の理由
DXやデジタル化などの多くは「生産性の向上」を目的とされていることが多く、そうした価値が生まれやすいのも事実です。しかし、生産性があがったはずなのに、会社全体の事業的な数値にさほどプラスをもたらしているようにみえないケースが頻繁に起きています。生産性が上がっているのですから、利益が伸びていく、競争力が高まって市場シェアもとりやすくなりそうなものですが不思議とそうなりません。
みんなが恐れる「競争の収斂」が安易なデジタル化でおきやすい
理由は大きく2つあります。ひとつはいわゆる「競争の収斂」と呼ばれる状態です。市場内の競合企業がやっているものと同レベルのデジタル的な改善は、並ぶことはあれど、突出して優れた存在にはなることはなく、横並びのなかで別な角度の勝負がはじまります。試合に参加するためにスタートラインについただけで、そこに多額の投資をして自社も他社も、市場内のプレイヤー全体が、投資をしたけど現状維持がやっとという状態になるわけです。みんな同じことをやっているわけですから、お客様からみたらどこも同じで優れているところを見つけることができません。つまり、生き残るためには貢献するとしても、優れた結果を出すための投資にはならないわけです。
生産性はあがったけれど他のコストが増大するケースも多い
もうひとつは、生産性を上げる変革をした結果、働く人にとっては労働する幸せが大きく減り、心理的な負担が大幅に増えることです。基本的に多くの人は変化を嫌います。数値上、優れた結果がでることがわかっていようが、昨日の続きを今日もしたいものです。まして、新しいことを勉強するとなると心理的な負担は多大なものとなります。これまで終身雇用がウリになっていた会社であるならば、その傾向はさらに高まり「できるなら今が永遠に続きますように」という本音を隠しながらみんな仕事をしています。こういうところで、生産性向上のために改善を普通に行うと、働く人の会社への貢献意識の低下、離職率の上昇、変革業務のボイコット(建前上、やらない理由はしっかりと作りますが)などが起こります。こうなると商品やサービスの品質に問題が起きたり、採用や教育コストの増大したりするなど、収支に影響するような組織的な機能不全が起こっている状態になります。
よく見る、よく聞くものを安易に実施することは失敗のはじまり。本当の成功は見えにくい”人”に対する施策にある
どこの会社でもできる、ありきたりなデジタル化、DXに手を付けて投資を行うと投資が失敗する確率が高まります。生産性の向上というのは、定量的に把握しやすく、どの企業でも理解が得やすいため、業者側からしますと売りやすい商品となります。そして、営業を受ける側からしても、社内で稟議の承認が得やすく、結果としてどこの会社でも似たようなものであふれ、市場内では差がつくことはなく、投資価値がなくなっていくわけです。競争の収斂の状態は、お金さえかければどの会社でも同じことを簡単にできるときに起こります。ネットやテレビの広告でよく目にするツールを導入するといったものがまさにこれにあたります。それはみんな簡単にできてしまうことなので、それで好結果がでるわけはないわけです。これを回避するためには模倣困難性に目を向ける必要があります。実はデジタル化、DXで重要なのはこちら側で、簡単にはできないし、お金だけでは解決できないことの実現を目指すことが成功には欠かせません。最も重要なのが「働く人が幸せになる」と思える変革です。数値を上げることだけに目を向けるのも大切ではありますが、最後に差がつくのはお金で簡単に解決できない「働く人たち」そのものである場合が多いのも事実です。みんなが幸せを感じやすい改善、ちょうど良いデジタル化をすすめ、変化による成功体験を組織内で積み上げていきましょう。その結果生まれるのが改善への前向きな姿勢と文化です。そうなると競合他社と比較して、常に一歩先をいく変化が生み出されていくようになるはずです。