生産性向上は何のため?目的が数字の向上だけでは”標準的な人が多い組織”では失敗確率が上昇します

一般的な企業に対してデジタル化の目的は何かと質問をすると、多くの企業は”生産性の向上”と答えます。しかし、何のために生産性の向上を目指していますかと聞くと、急に答えが曖昧に、そして分散していきます。ある人は「離職者が多いので、業務負担を軽減して人材の定着率を上げたい」と答えます。また、ある人は「競合との価格競争に勝つために低コストで運営できるようにしたい」と答えます。もちろんそれらの答えはすべてが正解なわけですが、すべては営利組織として持続可能な状態を作るために「市場に求められる存在であるため」という答えに集約されていきます。市場に求められる存在というのは、消費者、労働者、株主など、様々なステークホルダーにとって存在してほしいといわれる状態であり、それはすべての人の一定以上の満足を生み出せているといえるわけです。市場での競争に負けて、高いのに性能が悪い、いわゆるコスパの悪い商品であれば、消費者は不満を抱えて買わなくなります。安い給与できびしい仕事を要求されれば、労働者は不満をためて辞めていきます。離職者が多く、社会的な信用度が低く、競争力もない商品であるため、採用と教育コストが高くなり、売上もでないとなれば利益は当然残りません。そんな組織であれば、株主は不満を抱えてしまいます。切り口によって様々な表現が使われますし、状況によって優先度が変わることはあれども、すべては「市場に求められる存在であるため」に”生産性の向上”を目指すのです。

市場から求められる存在になるための生産性向上は、より多くの人たちが納得しやすいストーリーが生まれる

生まれついての競争に対して強い耐性をもっているタイプの人にとって、生産性の向上というのは意識する必要もない、当たり前のルーチンのようなものです。そのため”生産性の向上”と聞いても何の疑問を頂くこともないはずです。しかし、大多数の人たちは残念ながら「昨日の続き」を今日もやることを考えています。そして、それを永遠に続けることに疑問もありませんし、むしろ変化することがストレスで嫌う傾向があります。そのため生産性の向上といわれると、休みを奪われて働かされ続けるようになる上に、また新しいことを覚えなければならないから大変と考えます。ある程度の年齢になると、変化そのものに恐怖心、嫌悪感を抱くような人も多く、それは決しておかしなこと、特別なことではありません。むしろ、それが世の中の標準であるといえます。人生を通して絶えず競争をしてきて、向上心のかたまりで勝つための努力が好きだという人たちの集団であれば、ストレートにすすめても特に問題が起きることは少ないはずです。しかし、上層部以外は、競争とは無縁の世界で生きてきた人たちが多いような組織の場合は、「市場に求められる存在であるため」に行うものであることを丁寧に理解してもらうことが成功への第一歩となります。そして、市場のなかには、働く人も含まれているという事実を理解してもらうことは特に重要です。ここで重要なのが数字と同じくらい、ストーリーで流れを理解しやすくすることです。なぜそれを行う必要があるのか、最終的にあなたにどんなメリットがあるのか、逆にやらないとどんなデメリットがあるのか、順番に、ストーリーで理解できるようにすることが、数値以上に大切になってきます。標準的な層は数値よりも”あなた自身のための施策”であることを理解してもらうことこそが重要です。そして、生産性の向上は最終的に関わるすべてのステークホルダーのためになるものなので、これは紛れもない真実です。

難しいのは失業を伴う生産性の向上。本気で実施すると多くの組織では社内的失業は確実。だからこそ事前に「安全性の保障」か「ハードランディング」か、組織としての方針の選択が必要

組織の上層部の頭を悩ませるものとしては、やはり失業を伴う生産性の向上です。社会の変化に伴っての失業は多くの人たちに理解されやすいものの、会社の競争力を上げるための解雇、又は社内的な失業は多くの人たちから非難を受けがちです。最悪の場合は、すべてのステークホルダーにとって良くない事態に発展することもありますので、細心の注意を払って、全員にとって良い結果を目指すことが重要です。最もシンプルで多くの組織で取り入れられているのは、人事異動による人員の再配置です。事前にこれを告知、合意形成のもと、社内的な失業が生まれる分には、雇用も失われいない上にこれから必要とされる部署での就業という形になれば、理論上は働く人にとっても悪い話ではないためです。しかし、これまで自分が行ってきた業務がいとも簡単に自動化されていくのは、自らのこれまでの努力、研鑽、磨き上げたスキルを間接的に否定されているように感じる人も少なくありません。そのため社内的失業の場合においても、立場やキャリアの安全性の保障の説明や納得を作り出すプロセスは非常に重要です。最もきびしいのは配置転換先がない場合、もしくは受け入れ可能な部署がなかったり、単純に人件費のカットのための生産性の向上であれば、雇用を失うという意味の失業を生み出すことになります。産業革命の時代に起きたように、技術の飛躍的な進歩によって産業レベルで労働者が移動することは定期的に起こることであり、長い目でみれば労働者にとって悪いことばかりではありません。しかし、実際に変化によって職や職場を変えることになる人たちからすれば、不安と不満の日々となることは想像に難くありません。いずれの場合も、様々な意味での失業を生み出す場合においては、事前に立場などの安全性の保障、もしくは厳しい評価を受けることを踏まえても突き進む、ハードランディングでいくのかなど、事前に選択が必要になります。ハードランディングを選ぶ場合は、現代社会においてはレピュテーションリスクによって、消費者であったり、採用候補者からの低評価を受けて経営にもマイナスにつながることが多くあるため、その影響まで踏まえた上で、その選択で良いのかの議論が必要です。

世界は進歩を続けるから現状維持は相対的にマイナスとなる。市場に求められる存在であり続けるためには生産性の向上は不可欠

”生産性の向上”は想像以上に難しい言葉で、人によって最高のもの、最低のものと大きく印象が異なります。全員が仕事、成長が好きなわけではありませんし、金銭を露悪的に考える人もいるため、競争やコストという概念を使うだけで嫌な反応を示す人も大勢います。しかし、人間は常に進歩を続ける、改善を望むようにできているため、全体としてみていけば必ず社会は進化を続けます。世界が進歩を続ける以上、現状維持は相対的にマイナスであり、市場から退場を命じられることになります。現状維持、いまのままが良いという人たちにこそ、それを実現するために世界の変化以上の割合で、”生産性の向上”を達成していかなければ、実質的な現状維持すらできないということを知ってもらう必要があります。もちろん全員が納得することは難しいものの、多くのステークホルダーが許容でき、できれば望んでいる状態を作るために、数値以外のところも大切にしつつ取り組むことは、プロジェクトそのものの成功率を上げることにもつながります。当然、数字は大事にしながらも、市場に求められる存在であり続けるための取り組みであることを踏まえて、ステークホルダー全体に対して意識を向けることが非常に重要です。